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インド、ラダック探訪記 その0: 旅の準備など

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「そろそろラダックに行こう」
そう思い立ったのは2013年の秋だった。

昔から抱いていたチベット文化に対する漠然とした憧れと、徐々に募ってきたインドの混沌への恋しさに背中を押され、僕は年末年始にかけてラダックに滞在すべく航空券のチケットを探した。

冬のラダックに至る道は雪で寸断され、まさに陸の孤島となる。そうなると彼の地にたどり着くには空路を使うほかないのだが、デリーからラダックの中心の街レーへ飛ぶフライトは天候悪化でしょっちゅうキャンセルになるらしい。フライトを予約するときは祈るような気持ちだった。

チケットの手配が済んだら、お次は現地の情報収集だ。アジア圏に関してはそれなりに旅慣れたつもりでいるものの、レーは標高3600mを越え、その冬の気候はこれまで僕が旅をしてきたどんな土地より厳しそうだった。適切な装備、現地のバスの運行状況、ゲストハウスの営業情報…普段の旅行では大して気にかけない事でも、念のために予め調べておくかという気になった。

しかし、やはり冬にラダックを旅しようなどと考える人はあまりいないようで、ネットで検索をしても出てくるのは夏の情報ばかり。地球の歩き方を開いてみても、ラダックの事なんて大雑把にしか書いていない。断片的ないくつかの情報をつなぎ合わせ、滞在時のイメージを頭の中で形作っていった。

この記事では、これから冬のラダックを旅する人の小さな助けにでもなればという思いから、僕がこの旅に出るに当たって行った準備に関して少しばかり記したい。
(この記事の内容が正解と言いたいわけではないので、あしからず)


▼航空券

冬のラダックに興味を持つような人は、目的地までの航空券を効率よく手配する事など造作も無いだろうから手短に書く。

僕の場合、デリーまでの便は、いつものようにスカイスキャナーを使って手配した。
そして、悪天候に依るキャンセルが気になるデリー-レー間のフライトはJET AIRWAYSを選んだ。
当該区間を毎日運行している事に加え、比較的インドの航空会社の中では顧客対応がしっかりしている印象があるからだ。



▼服装

冬のラダックにおいては氷点下10度以下なんてことはザラで、しばしば氷点下25度を下回ることもあるらしい。
まあ、数字だけ見ると大した事の無いように感じるけど(実際、東北の内陸部や北海道の冬を経験した事のある人にとっては、気温自体は驚くべきものでもない気がする)、向こうは日本と違い暖房にありつける機会がほぼ無い。

一応冬山登山を想定したくらいの装備をしていったほうが良いであろうという判断から、以下の諸々を調達した。(結局その全てが、持って行ってよかったと思えるアイテムだった)

・ヒートテック系サーマルインナー上下
・ヒートテック系タートルネックカットソー
・ヒートテック系フリース
・ウルトラライトダウン
・ハードシェル上下
・ヒートテック系ニットキャップ
・ヒートテック系ネックウォーマー
・登山用グローブ
・登山用ソックス
・スノーシュー

ヒートテック系○○というのとウルトラライトダウンに関しては、ユニクロのものでも問題は無い。
インナーや靴下については3日に1回着替える想定、カットソーについては4,5日に1回着替える想定で用意したが、もう少し長いサイクルでの交換でも良かったと感じた。部屋の中でも凍えるほど寒いので、臭いはほとんど気にならない。

冬山で使えるハードシェルは決して安くないので、買うのをためらう人はレンタル山道具屋で借りるのもひとつの手段となるだろう。なおその場合、長期のレンタルとなる事や用途などは予め伝えておこう。僕も夏用のゴアテックス製のレインウェアは持っているが、冬用のものはなかったのでここで借りた。

もし冬山でも履けるような登山靴があるならスノーシューは不要だと思う。僕は持っていなかったのでソレルのスノーシューを買った。(これは大正解だった)




▼デジタルガジェット関連

現地はとにかく寒いので、カメラその他電子機器類の電池については気を使った。
メインで使っているPENTAXのk-30はある程度の耐寒性能があるものの、電池の減りは恐らくいつもよりずっと早いだろうと踏み、替えの電池は余分に用意した。電源も満足に確保できない事も危惧して(実際かなりの頻度で停電が起こる)、モバイルバッテリーも持っていった。また、冬のラダックを何度か経験したことのある知人から、「とにかくやることがない」という話も聞いていたのでKindleも。結局、かばんの中には数多くの電子機器類が溢れる形になってしまった。

・PENTAX K-30(メイン)
・PENTAX 標準ズームレンズ DA★16-50mmF2.8
・PENTAX フィッシュアイズームレンズ DA FISH-EYE 10-17mmF3.5-4.5ED
・SIGMA 望遠ズームレンズ APO 70-300mm F4-5.6 DG MACRO
・Canon PowerShot S120(サブ)
・eneloop pro
・Kindle Paperwhite
・cheero Power Plus 2
・マルチ電源プラグ 等々

正直、レンズ3本持ち歩くのは結構しんどいので余りオススメしない。デジ一をぶらさげて歩きまわるのが億劫なときはS120に頼ろうと思っていたのだが、現地では寒さの余り電源が入らない事が多く、あまり出番は無かった。
また、レーの中心にあるネット屋では停電で無い限りWi-Fiを使えるので、そこでKindleに書籍を買い足せる。実際、日が暮れると本当にやることがなくなるので、結構な数の書籍を読みあさる羽目になった。





▼その他

その他のアイテムで、持って行ってよかったと思えるものを記憶の限り挙げると、次の3つだ。

・登山用ヘッドライト
・ウェットティッシュ
・ホッカイロ

ヘッドライトについては必須。旧市街には街頭がほぼ無いので、日が暮れた後は道を歩くのも大変になる。また、頻繁に停電に見舞われるので、室内においても毎晩お世話になった。
また、ラダックの冬季は水道が一切使えないので、自由に手を洗う事もできない事が多い。そのため、ちょっとした時にウェットティッシュがあるとかなり助かる。当然シャワーなども使え無いので、顔や身体を拭くのにも重宝する。
私の滞在していたゲストハウスでは部屋に薪ストーブを用意してもらえたが、それでも無茶苦茶寒い。毛布にくるまって寝ても寒さで何度も目が覚めるくらいなので、ホッカイロがあるととても幸せな気持ちになれる。





これらの荷物に加え、スニーカーやら薬やら爪切りやらのいつもの旅行アイテムも詰め込む事になる。
僕は普段の旅行から荷物が多いほうなのだが、今回は特に衣類が嵩張り、55リットルのバックパックはパンパンになった。
空港のチェックインカウンターで荷物を預ける際、いつも重量メーターの数字をビクビクしながら覗き込むことになったのだった。



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インド、ラダック探訪記 その0: 旅の準備など
インド、ラダック探訪記 その1: 上海
インド、ラダック探訪記 その2: デリー
インド、ラダック探訪記 その3: レー到着
インド、ラダック探訪記 その4: ジュレー
インド、ラダック探訪記 その5: シャンティストゥーパ、レー王宮など

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