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ミャンマー(その2) - ずっと前

そしてまた僕はタイにいた。と言っても、今回は単にトランスファーで一時的に空港に滞在していただけなのだが。

前日の夜、仕事を終えた僕は、まず羽田から関空へと飛び、続いて関空から深夜便でバンコクはスワンナプーム国際空港へと飛んでいた。

スワンナプームに到着したのは朝4時半頃だった。当然外は真っ暗で、搭乗ゲート付近では、朝イチのフライトを待つ外国人旅行客が各々少しでもよく眠れそうなベンチをこぞって占領し、カバンを枕にすやすやと眠っていた。特段やることもないので、僕も空いている椅子を3つほどかき集め、寝床を作って浅い眠りについた。

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目を覚ますと既に柔らかい朝日が搭乗ゲートを照らしていた。ちょうど良い時間のようだ。ゲートに向かうと、既に多くの旅客が搭乗開始を待っていた。

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さて。自分の搭乗時刻を確かめる。スワンナプームを発ってしまえば、1時間と少しでヤンゴン国際空港だ。

旅の仲間とは現地で落ち合うことになっていたが、ヤンゴンには僕が一番乗りすることになっていた。みんなとは無事落ち合うことができるだろうか、などと考えながら、搭乗前最後のたばこを吸い終えた。

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あと少しでミャンマーだ。徐々に高まる旅への期待感が、眠気に勝っていった。


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ミャンマー旅行記


ミャンマー(その1) - ウォーキング・イン・ザ・リズム
ミャンマー(その2) - ずっと前
ミャンマー(その3) - ブルー・サマー
ミャンマー(その4) - あの娘が眠ってる
ミャンマー(その5) - デイドリーム
ミャンマー(その6) - スマイリング・デイズ、サマー・ホリデイ
ミャンマー(その7) - ジャスト・シング
ミャンマー(その8) - メロディ
ミャンマー(その9) - ロング・シーズン
ミャンマー(その10) - 100ミリちょっとの
ミャンマー(その11) - エヴリデイ・エヴリナイト
ミャンマー(その12) - ゆらめき・イン・ジ・エアー
ミャンマー(その13) - アイ・ダブ・フィシュ
ミャンマー(その14) - それはただの気分さ
ミャンマー(その15) - バックビートにのっかって

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ミャンマー(その13) - アイ・ダブ・フィシュ

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