スキップしてメイン コンテンツに移動

インド、ラダック探訪記 その4: ジュレー

レーに着いたその日、軽度とはいえ初めての高山病にやや参りつつ、それでも僕はいくつか写真を撮っていた。少しでも多くの情報を外部記憶装置に残そうとするかのように、あるいはその光景を見ていた時の心情や気持ちのゆらぎを思い出すトリガーになってほしいと願いながら。

IMGP1805

冬季は街なかのほとんどの観光客向けの店が閉まっているが、メインバザール沿いの店はいくつか営業していた。残念な事にインドのそこかしこで見かける土産物屋と大差がなく、高価なパシュミナが並んでいる。ラダックにおいてこのような店を経営するのはラダッキではなく、カシミールからやってきた人たちらしい。

IMGP1813

IMGP1814

IMGP1815

僕を驚かせたのは、思いの外、冬季のレーがものに溢れ、そして車道が綺麗に舗装されていることだった。毎日停電に見舞われることの不便は後ほど思い知らされる事になるのだが、それにしても豊かだ。文明的な生活に必要なものはひと通り揃う。それもこれも、この地がインドにとって軍事的に重要な場所だからなのかもしれない。インド軍払い下げと思しき品々を売る店もいくつかある。

IMGP1808

IMGP1817

IMGP1818

とは言え、やはり新鮮な肉や魚を扱う店を目にすること少なかった。基本的に町端で売られているのはそれなりに保存の効くものばかりだった。乾燥した冷たい空気の中にあって、売られている食べ物はどれも鮮やかに見える。

IMGP1819

IMGP1824

IMGP1825

IMGP1827

IMGP1832

IMGP1839

IMGP1843

レーの街は賑やかだった。そして、季節外れの旅行者の来訪に比較的無関心だった。
お陰で僕は、気の向くままに往来を歩きまわり、のんびりとレーの人々の生活の一端を眺めることが出来た。

IMGP1876

IMGP1890

IMGP1901

インドの見知った街のように、そこかしこにチャイ屋があるわけではない。歩き疲れ、どこで一休みしようか迷ってた時、チベット料理屋を見つけた。例に漏れず暖房なんて気の利いたものは無かったが、出てきたタントゥクはカレー風味に味付けされ、暖かかった。

IMGP1864

人通りの少ない路地で焚き火を起こし暖を取る男達のそばを、ひとりの老婆が通りすぎようとしていた。

「ジュレー」

通りすがりに老婆が口にしたその言葉を聞いて、僕はハッとした。
ラダックに関するブログやガイドブックを読み漁り、何度も目にしていたラダッキたちの挨拶の言葉。その言葉を初めて音情報として認識し、得も言われぬ驚きが身体を突き抜けた。街を歩き回り、もやもやとしたラダックのイメージをまるでパズルを作るかのように再構築していたその時に、突如として得たひとつのピースのようなものだった。

「ジュレー」、そのあまりに優しい音を耳にして、僕はようやく自分がラダックに来たことを実感できたのだった。


======
インド、ラダック探訪記 その0: 旅の準備など
インド、ラダック探訪記 その1: 上海
インド、ラダック探訪記 その2: デリー
インド、ラダック探訪記 その3: レー到着
インド、ラダック探訪記 その4: ジュレー
インド、ラダック探訪記 その5: シャンティストゥーパ、レー王宮など

このブログの人気の投稿

やっぱり北千住で魚食うなら「廣正」(広正・ひろまさ)だよねという話

先日、またしても北千住は「廣正」(広正・ひろまさ)で飲んだのだが、相変わらずの信じられないコスパの良さにおったまげた。 JR北千住駅東口から徒歩10分、民家がひしめく薄暗い通りに突如現れる小さなお店に酒飲みの面々が到着したのは20時半。 着席しドリンクをオーダーするとまもなくお通しが現れた。この日のお通しは鶏肉の照り焼きと玉子焼き、わさび漬け的なものにぶり照り。 メニューには様々な魚料理が並んでいるが、全て時価(安い)。 この日は友人が予め予約を入れ、その際に刺盛りを2人前だけ準備しておいてもらうよう頼んでくれていたので、すぐに下駄盛りにされた各種の魚たちが登場。相変わらずとんでもない量と分厚さである。(でも安い) 期待を裏切らない迫力に各々感嘆を上げているうちにお酒が揃ったので乾杯。 赤身です。 ホタテです。 タイです。 赤貝です。 うめえうめえと大騒ぎしながら皆でぱくつきまくっていたのだが、なにせこの料である。刺し身だけで腹が膨れる。 しかし刺し身だけ食べて帰るのもあまりにも勿体ないので寄せ鍋を注文。 これまた2人前なんだけども、やはりボリュームがおかしい。 出汁を沸騰させる間、箸休めにと頼んだのが梅キュウ。 ただの梅じゃなくて梅水晶になっていて、とても幸せな気持ちになります。 やがて鍋が出来上がったのでひたすら食うた。 そしてたくさん飲みました。 当然雑炊にするよね。 おじやが出来るまで、せっかくなので後一品くらい食べてみようとしめ鯖を追加。 こちらもぼちぼち油が乗っていて美味。(しかし安い) そうこうしてる間に雑炊が完成。食い終わった頃には多幸感でとろけましたとさ。 何杯飲んだかよく覚えてないくらい酒も飲み、この料理を食って会計は驚きの3000円台。 一体どうやったらそういう会計になるのかよくわからん。 ごちそうさまでした。   大きな地図で見る

北千住の廣正にハマりそう

昔、日光街道の宿場町として栄えた北千住には、今でも下町然とした安い居酒屋が軒を列ねている。以前、北千住に詳しい友人に町を案内してもらってからというもの、この町のサグい雰囲気にすっかり魅了されてしまったのだった。 先日、その友人に連れていってもらった、魚が異常に美味くて安いお店に再訪してきた。 これで刺盛1人前なのです。 魚料理が並ぶこの店のメニューには値段の記載がなく、全て時価なんだけど、とんでもなく安いので心配無用。 いい塩梅に酔っ払うまでこの日も色々と美味しくいただきました。 北千住の駅から10分程度歩いた(けっこう遠い)民家の並ぶ路地にひっそり佇んでいて、人の案内なしで向かうと見つけるのはちょっと大変かも。 早くもまた行きたくなってきたぞ。 廣正 (地図で見ると北千住より牛田からのが近いみたい) 大きな地図で見る

ミャンマー(その13) - アイ・ダブ・フィシュ

そしてまた僕らは馬鹿みたいに飲んでいた。 オールドバガンから戻った僕らは、宿で一休みしてその日の晩飯にありつくためにガイドブックを舐めまわし、ビールが飲めてWi-Fiが飛んでいると書かれていた一件の観光客向けのレストランに狙いを定めた。 先輩の人生観もしくは結婚観的な話に耳を傾けつつ、しこたまミャンマービールを煽る。晩飯を兼ねて頼んだツマミはすべて中華風に味付けされた炒め物だった。 ビールに飽きて例のゴールデンなんとかというウイスキーを水と氷で割ってやり始めた頃だったか、隣の卓で同じく酩酊していたミャンマー人の一行に話しかけられた。 3人で飲んでいた彼らのうち一人は圧倒的に綺麗な英語を喋るおっさんで、聞く所によると外交官の子息として日本をはじめ諸外国に何年も住んだことのあるような人らしかった。 彼の政治経済についての考え方は、この東南アジア最貧国ランキングの1、2番目を争う国の片田舎で出会う人間とは思えないほど洗練されており、話の随所に教養の片鱗が見て取れた。また、多くのミャンマー人がそうであるように、彼も親日的な考えの持ち主であるらしく、最近何かと話題に上るお隣の国々に対して悪態をついていた。 当然、彼の興味は、当事者である我々日本人が諸々の国々との関係についてどう考えているのかというところに及ぶ。本当に情けない話だが、僕のあまりに貧しい英語力では自分の考えを1ミリも伝えることができず、せっかく親しげに話題を提供してくれた彼の期待に応えることはできなかった。 せめてものお返しにと、ミャンマー、あるいはビルマの軍政について彼の考えを聞いてみると、彼は素晴らしい英語で淀みなく、朗々と持論を披露してくれた。これから大きく経済発展を遂げるミャンマーにおいて教育の拡充は喫緊の課題であるらしく、それはようやく軍政が収縮した今のミャンマーだからこそ解決可能な課題であるというような話をしていた。気がする。 ベロンベロンに酔っ払った僕らは彼らと別れを告げ、既に日付が変わっているにも関わらず営業を続けていた殊勝な商店に立ち寄り、マンダレービール(恐らくアルコール濃度の高いバージョン)の大瓶とミャンマービールの缶をそれぞれ3本ずつ買い、瓶をラッパ飲みしながら涼しくなった夜道をふらふらと帰った。 宿の戸はもちろん閉ざされていたが、びゃーびゃー...