スキップしてメイン コンテンツに移動

インド、ラダック探訪記 その1: 上海

IMGP1543

2013年末、少し早めに休みを取った僕は外灘(バンド)に辿り着いた。

東京を発って上海に到着した時は既に夜だった。デリーに向かうため上海で一泊する必要があったのだが、上海についての予備知識は殆どなかった。とりあえずバンド付近に青年旅舎があるという情報を得て、高いタクシー代にため息をつきながらここまで来たのだ。

タクシーから眺める上海の夜景はとにかくきらびやかで、東京やシンガポールのそれを凌駕するほどワクワクする光景だったのを覚えている。
目当ての旅舎に無事到着したは良いものの、生憎スィートルーム的な位置づけの部屋以外は全て満室だった。宿代は貧乏旅行者には非常に高く、苦い思いをしたが、これも今の上海相応の値段なのだろうとぐっと堪えた。それに、この旅舎を諦めた所でどこかアテがあるわけでもなかった。

IMGP1569

IMGP1570

IMGP1577IMGP1581

やたらと広い部屋にとりあえずバックパックを放り投げた。ひどく寒い。
四方を見渡すと、頼りない小さなエアコンがひとつ取り付けられている。ひとまず適当に高い温度に設定し、そのままカメラと財布だけ持って外に繰り出した。

IMGP1607

外灘付近は観光客でごった返していた。対岸の高層ビル群は少し霞んで見えたが、みんなPM.2.5なんてお構いなしだ。
マスクをつけて歩いているのは日本人だけだった。

IMGP1616

通りを歩いていると、幾度と無くクレジットカードサイズの小さなチラシを持ったおばさんたちに近寄られ、風俗のキャッチセールスを受ける。
彼女達は、雑踏の中から的確に、男性日本人観光客だけを見つけては日本語で声をかけていた。デカイ一眼をぶら下げ、特段おしゃれをするわけでもなく、場違いな登山向けの様相でひとり歩いている自分は格好の的だったのかもしれない。なんとも居心地が悪かった。

IMGP1626

IMGP1637

IMGP1641

これと言って面白くも無い街なかをぶらつきながら、ひとりでも入れそうな安食堂を探した。

結局宿の近くの閉店間近(スタッフが片付けを始めるところだった)の食堂を見つけ、持ちうる数少ない中国語のボキャブラリーを駆使してルースーとビールを頼み、一息ついた。しかし、この国では廃油が食用に多く使われていて、それは上海の街なかの食堂でも例外ではないとかいう話をふと思い出し、目の前の湯気を立てたルースーを見て食欲が失せたのだった。

部屋に帰るとやはり気温は依然あたたかいとはいえなかった。もう少し待とうと思い、最上階のバーで酒を引っ掛けた。
周囲は友人同士の客ばかりで、ひとり酒をあおっているのは自分だけだった。たいそう居心地が悪い。
2,3杯で切り上げ、少しだけあたたまった部屋で煙草を吸い、窓から見えるビル群を一瞥して布団にくるまったのだった。



======
インド、ラダック探訪記 その0: 旅の準備など
インド、ラダック探訪記 その1: 上海
インド、ラダック探訪記 その2: デリー
インド、ラダック探訪記 その3: レー到着
インド、ラダック探訪記 その4: ジュレー
インド、ラダック探訪記 その5: シャンティストゥーパ、レー王宮など

このブログの人気の投稿

やっぱり北千住で魚食うなら「廣正」(広正・ひろまさ)だよねという話

先日、またしても北千住は「廣正」(広正・ひろまさ)で飲んだのだが、相変わらずの信じられないコスパの良さにおったまげた。 JR北千住駅東口から徒歩10分、民家がひしめく薄暗い通りに突如現れる小さなお店に酒飲みの面々が到着したのは20時半。 着席しドリンクをオーダーするとまもなくお通しが現れた。この日のお通しは鶏肉の照り焼きと玉子焼き、わさび漬け的なものにぶり照り。 メニューには様々な魚料理が並んでいるが、全て時価(安い)。 この日は友人が予め予約を入れ、その際に刺盛りを2人前だけ準備しておいてもらうよう頼んでくれていたので、すぐに下駄盛りにされた各種の魚たちが登場。相変わらずとんでもない量と分厚さである。(でも安い) 期待を裏切らない迫力に各々感嘆を上げているうちにお酒が揃ったので乾杯。 赤身です。 ホタテです。 タイです。 赤貝です。 うめえうめえと大騒ぎしながら皆でぱくつきまくっていたのだが、なにせこの料である。刺し身だけで腹が膨れる。 しかし刺し身だけ食べて帰るのもあまりにも勿体ないので寄せ鍋を注文。 これまた2人前なんだけども、やはりボリュームがおかしい。 出汁を沸騰させる間、箸休めにと頼んだのが梅キュウ。 ただの梅じゃなくて梅水晶になっていて、とても幸せな気持ちになります。 やがて鍋が出来上がったのでひたすら食うた。 そしてたくさん飲みました。 当然雑炊にするよね。 おじやが出来るまで、せっかくなので後一品くらい食べてみようとしめ鯖を追加。 こちらもぼちぼち油が乗っていて美味。(しかし安い) そうこうしてる間に雑炊が完成。食い終わった頃には多幸感でとろけましたとさ。 何杯飲んだかよく覚えてないくらい酒も飲み、この料理を食って会計は驚きの3000円台。 一体どうやったらそういう会計になるのかよくわからん。 ごちそうさまでした。   大きな地図で見る

ミャンマー(その13) - アイ・ダブ・フィシュ

そしてまた僕らは馬鹿みたいに飲んでいた。 オールドバガンから戻った僕らは、宿で一休みしてその日の晩飯にありつくためにガイドブックを舐めまわし、ビールが飲めてWi-Fiが飛んでいると書かれていた一件の観光客向けのレストランに狙いを定めた。 先輩の人生観もしくは結婚観的な話に耳を傾けつつ、しこたまミャンマービールを煽る。晩飯を兼ねて頼んだツマミはすべて中華風に味付けされた炒め物だった。 ビールに飽きて例のゴールデンなんとかというウイスキーを水と氷で割ってやり始めた頃だったか、隣の卓で同じく酩酊していたミャンマー人の一行に話しかけられた。 3人で飲んでいた彼らのうち一人は圧倒的に綺麗な英語を喋るおっさんで、聞く所によると外交官の子息として日本をはじめ諸外国に何年も住んだことのあるような人らしかった。 彼の政治経済についての考え方は、この東南アジア最貧国ランキングの1、2番目を争う国の片田舎で出会う人間とは思えないほど洗練されており、話の随所に教養の片鱗が見て取れた。また、多くのミャンマー人がそうであるように、彼も親日的な考えの持ち主であるらしく、最近何かと話題に上るお隣の国々に対して悪態をついていた。 当然、彼の興味は、当事者である我々日本人が諸々の国々との関係についてどう考えているのかというところに及ぶ。本当に情けない話だが、僕のあまりに貧しい英語力では自分の考えを1ミリも伝えることができず、せっかく親しげに話題を提供してくれた彼の期待に応えることはできなかった。 せめてものお返しにと、ミャンマー、あるいはビルマの軍政について彼の考えを聞いてみると、彼は素晴らしい英語で淀みなく、朗々と持論を披露してくれた。これから大きく経済発展を遂げるミャンマーにおいて教育の拡充は喫緊の課題であるらしく、それはようやく軍政が収縮した今のミャンマーだからこそ解決可能な課題であるというような話をしていた。気がする。 ベロンベロンに酔っ払った僕らは彼らと別れを告げ、既に日付が変わっているにも関わらず営業を続けていた殊勝な商店に立ち寄り、マンダレービール(恐らくアルコール濃度の高いバージョン)の大瓶とミャンマービールの缶をそれぞれ3本ずつ買い、瓶をラッパ飲みしながら涼しくなった夜道をふらふらと帰った。 宿の戸はもちろん閉ざされていたが、びゃーびゃー...

メキシコ、キューバなど: グァナファト

「ここがメルカド・ヒダルゴだよ、アミーゴ」 気の良い運転手に言われ、僕はいそいそとタクシーからバックパックを引きずり下ろした。メキシコ、グァナファト。テキサスに比べると風は幾分乾いており、期待していた通りの青々とした空が心地よい。 初めて訪れる町ではなるべく旅慣れたフリをする癖が染み付いているのかもしれない。特に客引きに囲まれるわけでもないのに、僕はタクシーを降りてまずベンチに腰掛け、煙草をふかし、悠々とした素振りで辺りを見回した。 グァナファトの町は綺麗だった。路傍の各所にゴミ箱が設置され、コロニアル調の景観を壊すことの無いよう、ファーストフード店やコンビニの外壁は勿論、それらブランドロゴのカラーリングにもアレンジが加えられている。ユネスコの世界遺産登録がなされたのが1988年だそうだ。管理の行き届いた景観からは、この国がそれなりにグァナファトに観光地として期待を寄せている様が見て取れる。過度に演出された感、言い換えると多少の嘘い趣は漂うものの、メキシコの足慣らしと思えば悪くない。僕はすぐにこの町を気に入った。 銀の産出で注目を浴びたこの街はよっぽど無秩序に発展したのか、道はかなり入り組んでいる。普段は方向感覚に自信のある僕も目当ての安宿にたどり着くまでに何度も地図を見返す羽目になり、なかなか辟易した。おまけに、足元では暗くヌメッとした無数の地下道が複雑に走り回っていているのだからさながら立体的な迷路である。 やっとの思いで辿り着いた安宿はその名を「ディエゴ・リベラ」といった。あまりに安直な命名センスだが、3階建ての建物の中央に開放的な吹き抜けがあり、廊下の各所に溢れんばかりに設置された観葉植物に明るい日差しの当たる気持ちの良い宿だ。おまけに英語は通じないものの宿のスタッフの愛想も良く、僕はすぐにそこに投宿することに決めたのであった。 バックパックをベッドに放り投げ、見どころとされているフアレス通りへと繰り出す。目に飛び込んでくる建物たちはどれも重厚でありながら、壁は原色でカラフルにペンキ塗りされていて、2階の窓縁や路上の花壇の鮮やかな彩りも相まってとても華やかだ。気を良くして散歩をしていると、サンディエゴ教会前のラウニオン公園にたどり着いた。公園の中心では子どもたちがキャッキャとサッカーをして遊んでいる。 この日の予定といえ...