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インド - カニャークマリ(その2)

カニャークマリの漁村はとにかく賑やかだった。ボケッとつったって海を眺めていると、どこからともなく子供や鳥、犬や猫などが現れて異邦人を取り囲む。

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写真を撮ってくれとせがんでくる彼らにレンズを向けるときゃっきゃとはしゃぐ。金品を要求してこない無垢な様子が新鮮だった。

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首輪をした犬はどうやら狂犬化を免れているようで、おとなしかった。

漁業を生業に細々と暮らしているのであろうこの村落の人々の生活風景には、不思議と貧しさが感じられなかった。はてそれはどうしてだろうと考えていた時、いきなり後ろから日本語で話しかけられた。

振り返ると、そこには初老の男性と、その妻と思しき同じく初老の女性が立っていた。こんなところで日本人に会うと思っていなかった僕はびっくりしてしばし言葉を失った。

まさか観光客ではあるまいと思いつつ挨拶を交わし、話を聞いてみると、そのまさかだった。定年退職後の暇を持て余した夫婦の旅行とのことだが、こんな辺鄙な街を訪れるとはなんとも物好きである。しかも、どうやら鉄道や長距離バスを駆使してインド中を巡り、行く先々で安宿に飛び込んでは湿ったベッドに潜む南京虫と格闘しているようで、その辺の軟弱な学生バックパッカーより遥かにタフなご様子である。

聞けば、ご主人は若かりし頃に貧乏旅行をしまくっていたクチらしいが、奥様は今回初めてその酔狂な趣味に付き合ってみたとのこと。しかしさすがに長旅で疲れが溜まり体調を崩しかけてきたので、この穏やかな街で少し良いホテルに泊まって英気を養っているとのことだった。

親子ほども年の差のある日本人同士の邂逅であったが、のんびりとした漁村の夕暮れの風景も手伝って話は弾んだ。

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肌寒くなってきた頃にその夫妻と別れ、僕らはホテルの近くの適当なレストランでミールスを摘み、ホテルに帰って洗濯などを済ませて眠った。

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翌朝は6時頃起床し、とぼとぼと朝日を拝みに前日歩いた海沿いの道へ向かう。そこは日の出を待つインド人観光客で既に溢れていた。

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ベンガル湾とインド洋の間あたりだろうか、とにかくその辺から朝日がぽこっと顔を出し、その様を眺めていたインド人観光客は大げさに歓声を上げた。

彼らは日の出と共に海に入り、沐浴を始めるが、ただの水遊びに終始しているようにしか見えない者も大勢いた。

ひと通りその様子を高みから見物し満足した僕は、チャイ屋でチャイをすすり煙草をふかして目を覚まし、ホテルへと帰った。悪くない朝だった。

インド - カニャークマリ(その1)
インド - カニャークマリ(その2)
インド - カニャークマリ(その3)
インド - カニャークマリ(おまけ)

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