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チュニジア - トズール


スースから南下し、アルジェリア国境が近いトズールにやってきた。サハラ砂漠が近いこの街は、至る所にナツメヤシが生えており、どこか砂っぽい如何にもオアシスと言った様相だ。

トズールに着いても、例の体調の悪さは収まらなかった。むしろ、発熱まで伴っていよいよ病状悪化である。それでも寝込んで1日が潰れるのは癪に障るので、何とか町をぶらついてシャッターを切る。フラフラでメモも取れず、記憶も不鮮明。よって今回の記事は写真のみ。

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▲中心部にある市場

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▲何の肉を売っているのかわかるように、動物の生首が店先に釣られている

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▲ラクダの肉

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▲ラクダと牛

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▲地中海で捕れた魚だろうか

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▲これはブリックだったかな…違う気もする

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▲中心部の路地

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▲ファティマの手(魔除け)

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