2012年の仕事納めの翌日。僕は成田にいた。
年末年始の休暇はマレー鉄道を北上する旅に当てるようと決めてからというもの、PCのモニターの前で唸りに唸って大まかな旅程を組み、それに合わせて飛行機と電車のチケットを手配したのだった。
ミャンマーを共に旅した先輩の一人がまた同行してくれることとなっている。彼より1日はやく冬休みに入る僕は、ひとり始発駅のあるシンガポールへと向かい、彼は遅れてクアラルンプール目掛けて飛んで、そこで落ち合う手はずになっていた。
無事仕事を納める事ができた安堵感も相まって、大変気分の良い旅行初日の朝だった。僕は空港でビールを煽りつつ、ゆっくりと搭乗ゲートへ向かった。
シンガポールに着いた頃にはすっかり夜になってしまっていた。この日の成田発チャンギ行きのスクート便は3時間ほどディレイしてしまったのだ。
ろくに観光もできない時間帯だったが、せっかくなのでマリーナ・ベイを歩いて回る。
ホテルを始めとした様々な高層建築物が煌々と明かりを発し、人気の少ない湾内でその存在を主張し続けていた。静かな夜だった。
翌日は、マリーナ・ベイ・サンズホテルの屋上にある、インフィニティプールへと向かった。
三棟並んだホテルの屋上を橋渡しするように横たわった舟状の構造物は、プールとレストラン、そしてクラブを兼ねている。バブリーというか悪趣味というか、日本人の感覚だととてもこんなもんは作らんだろうという建築である。
プールからは、世界有数の金融街であるシェントンウェイを眺めることができる。
僕は水着に着替え、多くの他の客がそうするのと同じようにプールの淵まで泳いで行っては、シェントンウェイを眺めてみた。
この日は休日だったからか、巨大なビル街はじっと静かに佇んでいた。今自分が見下ろしているエリアで下される決断や行われる取引によって、世界の経済がどれほど影響を受けるんだろう、ふとどうしようもない考えが頭をよぎって、僕はため息をついた。
ひと通りプールに浮かぶことを楽しんだ僕は、プールサイドでタオルにくるまった。プラスチック製のチェアに横たわる人々の間を縫って、制服を着たボーイがせわしなく歩き回っている。
そのうちのひとりを呼び止め、フレンチフライとビールを頼んでしばらく寛いだのだった。
シェントンウェイの反対側を眺めると海が見える。
大きな豪華客船や、色とりどりのコンテナ、そして更に遠方の洋上に浮かぶ何隻ものタンカーと、石油か天然ガス辺かの貯蔵基地。特にコンテナとタンカーの量は、まず東京でお目にかかる事はなさそうなスケールだ。狭いマラッカの海を越えて行き来する船がどれだけ多いことか、そしてその出入口となるシンガポール港がどれだけ重要なのだろうか、またしてもどうしようもない考えが頭をよぎり、僕はため息をついた。(ちなみに、シンガポール港はコンテナ取扱量で世界1位2位を競うほど優秀な貿易港らしい)
他方を眺めると、多数のコンドミニアムが見える。日本の都心と比較するとより高層の住宅が多く、また、緑地が目立つ。
大半の部屋が賃貸を前提して提供されているが、これらを外国人が購入しようとすると1億円以上する事がザラらしい。
夕方には、マリーナベイのすぐ近くにあるチャイナタウンへと足を伸ばした。
シンガポールにはホーカーと呼ばれる屋台街が数多く存在する。ホーカーには中華料理やインド料理、マレー料理からイスラム料理まで、様々な料理を扱う店がところ狭しと集まり、シンガポールが移民の国である事を思い出すことができる。この安価な値段で胃袋を満たすことができる素晴らしい屋台達は、元々は屋外でそれぞれ営業活動をしてのだが、衛生面を配慮した政府によりこのような屋内に集合する形態を取ることになったらしい。
僕は適当な中華料理を扱う屋台で軽食をつまみ、ビールを啜った。
その後、地下鉄に乗ってインド人街へと向かった。特に何か目的があったわけではないが、なんとなくシンガポールで暮らすインド人達の生活を覗いてみたくなったのだ。
たどり着いたインド人街では、思っていたよりずっと整然としていた。もっと雑多でやかましい場所を期待していた僕は少し物足りない印象を覚えたが、一方で道端の小さな商店が扱う品々はインドで目にした事のあるようなものが多く、どこか懐かしくホッとする光景だった。
翌日にはいよいよマレー鉄道に乗り込むことになっている。寝台列車で飲む酒を買っておこうと思い立ち、小さな酒屋に入ってインド産の怪しいウイスキーの小瓶を買った。にこやかに話しかけきた店主がツマミとプラスチックコップをサービスで付けてくれたのだった。
===========================
マレー鉄道旅行記
マレー半島を北上せよ − その1:旅の準備など
マレー半島を北上せよ − その2:シンガポール
マレー半島を北上せよ − その3:クアラルンプール
マレー半島を北上せよ − その4:クアラルンプールからパダンプサールへ
マレー半島を北上せよ − その5:ハートヤイ(ハチャイ)
マレー半島を北上せよ − その6:スラタニ
マレー半島を北上せよ − その7:パンガン
マレー半島を北上せよ − その8:バンコク1
マレー半島を北上せよ − その9:バンコク2