ペトロナスツインタワーを後にした我々は、酒の臭いを嗅ぎつけてブキッ・ビンタン地区へと向かった。
通りに面した大きな食堂に吸い込まれ、お待ちかねのビールといくつかの中華風料理を注文する。時分はそろそろ夕方を迎えんとしていた。少し前に昼食を取ったばかりだったが、スルスルとビールが進む。
しかしマレーシアは酒税が高い。この国に長居するつもりの中った僕はあまりリンギットを所有していなかったので、ついつい財布の様子を気にして及び腰になってしまった。
ビールを啜りながら先輩に今回の旅のルートについて説明したりしていると、大粒の雨が信じられない勢いで降ってきた。辺りはあっという間に水浸しになる。
幸い僕らが陣取っていたテーブルは屋根の下にあったので直撃は免れたものの、スコールが上がるのをしばらく待つ羽目になった。
雨上がりのチャイナタウンをゲストハウスへと歩く。手持ちのリンギットが大分少なくなっていたので念のために両替をしておこうと思い立つも、残念ながら両替屋は閉まっていた。
宿に放り投げていたバックパックを回収し、僕らはタクシーでKLセントラル駅へと向かった。これから夜行便でさらに北上を図るのだ。
ホームで待ち受けていたのは、シンガポールからクアラルンプールまで来るのに乗っていたのと同じ、ぴかぴかと光る車体の列車だった。
奮発してちょっと良いグレードの寝台車を予約していた。車両の両側に二段ベッドが並ぶ様は、インドの長距離列車の2等列車と同様だ。少し違うのは、こちらのほうが幾分綺麗で清潔感のあるところだろうか。列車は定刻通り、ゆっくりとKLセントラル駅を出発した。
何度かこの手の寝台列車に乗って悟ったのだが、昇降の面倒な上段のシートを選ぶのは避けるべきだ。寝飽きた場合も、下段のベッドであれば大抵椅子に変形させることができるので、身体が疲れなくて済む。
いよいよ始まる列車の旅に興奮してはいたものの、僕も先輩も疲れていた。シンガポールのリトルインディアで勝った怪しいウイスキーはなんとも形容しがたい味をしていたが、二人でちびちびと飲んでいるうちにいつの間にか眠っていた。
目が覚めた時には夜は明けていた。窓から見えるのは木々と山々ばかりである。
ドラゴンボールに出てきそうな巨岩のてっぺんは霞がかっていた。
時折、列車はゴムの林の中を走った。等間隔に規則正しく整列したゴムの木々が眼前を通過する様はとてもミニマルで、思わず見入ってしまう。金子光晴がマレー半島を放浪した頃もこんなきれいなゴム園はあったのだろうか、とふと思った。
KLセントラル駅を出て10時間ほど経った頃だろうか、僕らは国境の駅パダンプサールへと到着した。この駅で一旦列車を降りて出入国の手続きをするのである。
駅構内マレーシア側の受付で出国した後、すぐそばにあるタイ側の受付で入国となり、パスポートにそれぞれのスタンプが押される。あっけないほどすんなりと手続きは終わった。
ホームに戻ると、乗ってきたはずの列車の姿がない。何故かはわからないが、ここで小一時間列車が帰ってくるのを待つ事になった。
やがて列車は再び姿を現し、乗客は各々のシートへと潜り込んでいった。遂にタイに入国したのだがその実感はない。持参した小説を取り出してうつらうつらしながら読んでいると、心地よい眠りへと誘われたのだった。
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マレー鉄道旅行記
マレー半島を北上せよ − その1:旅の準備など
マレー半島を北上せよ − その2:シンガポール
マレー半島を北上せよ − その3:クアラルンプール
マレー半島を北上せよ − その4:クアラルンプールからパダンプサールへ
マレー半島を北上せよ − その5:ハートヤイ(ハチャイ)
マレー半島を北上せよ − その6:スラタニ
マレー半島を北上せよ − その7:パンガン
マレー半島を北上せよ − その8:バンコク1
マレー半島を北上せよ − その9:バンコク2