スキップしてメイン コンテンツに移動

マレー半島を北上せよ − その4:クアラルンプールからパダンプサールへ


IMGP9321

ペトロナスツインタワーを後にした我々は、酒の臭いを嗅ぎつけてブキッ・ビンタン地区へと向かった。

IMGP9337

通りに面した大きな食堂に吸い込まれ、お待ちかねのビールといくつかの中華風料理を注文する。時分はそろそろ夕方を迎えんとしていた。少し前に昼食を取ったばかりだったが、スルスルとビールが進む。

しかしマレーシアは酒税が高い。この国に長居するつもりの中った僕はあまりリンギットを所有していなかったので、ついつい財布の様子を気にして及び腰になってしまった。

IMGP9342

ビールを啜りながら先輩に今回の旅のルートについて説明したりしていると、大粒の雨が信じられない勢いで降ってきた。辺りはあっという間に水浸しになる。

幸い僕らが陣取っていたテーブルは屋根の下にあったので直撃は免れたものの、スコールが上がるのをしばらく待つ羽目になった。

IMGP9351

雨上がりのチャイナタウンをゲストハウスへと歩く。手持ちのリンギットが大分少なくなっていたので念のために両替をしておこうと思い立つも、残念ながら両替屋は閉まっていた。

IMGP9357

宿に放り投げていたバックパックを回収し、僕らはタクシーでKLセントラル駅へと向かった。これから夜行便でさらに北上を図るのだ。

IMGP9374

ホームで待ち受けていたのは、シンガポールからクアラルンプールまで来るのに乗っていたのと同じ、ぴかぴかと光る車体の列車だった。

IMGP9394

奮発してちょっと良いグレードの寝台車を予約していた。車両の両側に二段ベッドが並ぶ様は、インドの長距離列車の2等列車と同様だ。少し違うのは、こちらのほうが幾分綺麗で清潔感のあるところだろうか。列車は定刻通り、ゆっくりとKLセントラル駅を出発した。

IMGP9404

何度かこの手の寝台列車に乗って悟ったのだが、昇降の面倒な上段のシートを選ぶのは避けるべきだ。寝飽きた場合も、下段のベッドであれば大抵椅子に変形させることができるので、身体が疲れなくて済む。

いよいよ始まる列車の旅に興奮してはいたものの、僕も先輩も疲れていた。シンガポールのリトルインディアで勝った怪しいウイスキーはなんとも形容しがたい味をしていたが、二人でちびちびと飲んでいるうちにいつの間にか眠っていた。

IMGP9424

目が覚めた時には夜は明けていた。窓から見えるのは木々と山々ばかりである。

IMGP9427

ドラゴンボールに出てきそうな巨岩のてっぺんは霞がかっていた。

IMGP9463

時折、列車はゴムの林の中を走った。等間隔に規則正しく整列したゴムの木々が眼前を通過する様はとてもミニマルで、思わず見入ってしまう。金子光晴がマレー半島を放浪した頃もこんなきれいなゴム園はあったのだろうか、とふと思った。

IMGP9486

KLセントラル駅を出て10時間ほど経った頃だろうか、僕らは国境の駅パダンプサールへと到着した。この駅で一旦列車を降りて出入国の手続きをするのである。

駅構内マレーシア側の受付で出国した後、すぐそばにあるタイ側の受付で入国となり、パスポートにそれぞれのスタンプが押される。あっけないほどすんなりと手続きは終わった。

IMGP9492

ホームに戻ると、乗ってきたはずの列車の姿がない。何故かはわからないが、ここで小一時間列車が帰ってくるのを待つ事になった。

IMGP9494

やがて列車は再び姿を現し、乗客は各々のシートへと潜り込んでいった。遂にタイに入国したのだがその実感はない。持参した小説を取り出してうつらうつらしながら読んでいると、心地よい眠りへと誘われたのだった。



===========================
マレー鉄道旅行記

マレー半島を北上せよ − その1:旅の準備など
マレー半島を北上せよ − その2:シンガポール
マレー半島を北上せよ − その3:クアラルンプール
マレー半島を北上せよ − その4:クアラルンプールからパダンプサールへ
マレー半島を北上せよ − その5:ハートヤイ(ハチャイ)
マレー半島を北上せよ − その6:スラタニ
マレー半島を北上せよ − その7:パンガン
マレー半島を北上せよ − その8:バンコク1
マレー半島を北上せよ − その9:バンコク2

このブログの人気の投稿

やっぱり北千住で魚食うなら「廣正」(広正・ひろまさ)だよねという話

先日、またしても北千住は「廣正」(広正・ひろまさ)で飲んだのだが、相変わらずの信じられないコスパの良さにおったまげた。 JR北千住駅東口から徒歩10分、民家がひしめく薄暗い通りに突如現れる小さなお店に酒飲みの面々が到着したのは20時半。 着席しドリンクをオーダーするとまもなくお通しが現れた。この日のお通しは鶏肉の照り焼きと玉子焼き、わさび漬け的なものにぶり照り。 メニューには様々な魚料理が並んでいるが、全て時価(安い)。 この日は友人が予め予約を入れ、その際に刺盛りを2人前だけ準備しておいてもらうよう頼んでくれていたので、すぐに下駄盛りにされた各種の魚たちが登場。相変わらずとんでもない量と分厚さである。(でも安い) 期待を裏切らない迫力に各々感嘆を上げているうちにお酒が揃ったので乾杯。 赤身です。 ホタテです。 タイです。 赤貝です。 うめえうめえと大騒ぎしながら皆でぱくつきまくっていたのだが、なにせこの料である。刺し身だけで腹が膨れる。 しかし刺し身だけ食べて帰るのもあまりにも勿体ないので寄せ鍋を注文。 これまた2人前なんだけども、やはりボリュームがおかしい。 出汁を沸騰させる間、箸休めにと頼んだのが梅キュウ。 ただの梅じゃなくて梅水晶になっていて、とても幸せな気持ちになります。 やがて鍋が出来上がったのでひたすら食うた。 そしてたくさん飲みました。 当然雑炊にするよね。 おじやが出来るまで、せっかくなので後一品くらい食べてみようとしめ鯖を追加。 こちらもぼちぼち油が乗っていて美味。(しかし安い) そうこうしてる間に雑炊が完成。食い終わった頃には多幸感でとろけましたとさ。 何杯飲んだかよく覚えてないくらい酒も飲み、この料理を食って会計は驚きの3000円台。 一体どうやったらそういう会計になるのかよくわからん。 ごちそうさまでした。   大きな地図で見る

北千住の廣正にハマりそう

昔、日光街道の宿場町として栄えた北千住には、今でも下町然とした安い居酒屋が軒を列ねている。以前、北千住に詳しい友人に町を案内してもらってからというもの、この町のサグい雰囲気にすっかり魅了されてしまったのだった。 先日、その友人に連れていってもらった、魚が異常に美味くて安いお店に再訪してきた。 これで刺盛1人前なのです。 魚料理が並ぶこの店のメニューには値段の記載がなく、全て時価なんだけど、とんでもなく安いので心配無用。 いい塩梅に酔っ払うまでこの日も色々と美味しくいただきました。 北千住の駅から10分程度歩いた(けっこう遠い)民家の並ぶ路地にひっそり佇んでいて、人の案内なしで向かうと見つけるのはちょっと大変かも。 早くもまた行きたくなってきたぞ。 廣正 (地図で見ると北千住より牛田からのが近いみたい) 大きな地図で見る

アンコールワット - その6:タ・プロームなど

スラ・スラン。 王が沐浴をする為の池として作られたようだが、あまりにも大きい。 この日僕は、朝早くから前日と同じドライバーの駆るトゥクトゥクに乗り込み、アンコール・ワット以外の遺跡を見に出かけていた。 この日も朝から強い日差しが降り注ぎ、とても暑かったのを思い出す。 池に背を向けると、バンテアイ・クデイと呼ばれる遺跡の門が見える。 門をくぐり、回廊の中に足を踏み入れようとすると、子どもたちが奥から駆け出てきた。遺跡群の中に住居はないので、物売りたちが連れてきた子どもたちだったのかもしれない。 所々に美しいデバターが残っている以外は取り立てて見どころのない遺跡だったが、それでも外界と隔てられた迷路のように入り組む回廊の中に佇んでいると不思議とワクワクしてくるのであった。 そうしてようやく、僕はタ・プロームにたどり着く。 約900年前、この寺院には5000人余りの僧侶と600人超の踊り子が住んでいたそうだが、その面影は微塵も感じられない。そこにあるのは圧倒的な暴力である。 ギャグのような光景が広がる。敢えて樹木の除去や寺院の本格的な修復を行わずにいた結果、木々は力強く遺跡を侵食したようだ。 ただでさえ入り組んだ回廊内の道を太い根が分断し、より複雑な迷路を形成している。 ここまでコテンパンにのされているのを見ると笑えさえする。 生者必滅だか栄枯盛衰だか諸行無常だかよくわからないが、とにかくそういう類の概念を痛快に思い出させてくれる場所だった。 時間も忘れてタ・プロームの中を彷徨いバシャバシャとシャッターを切っていると、いつのまにか太陽は天高く上り、時刻は正午を迎えようとしていた。 --------------------------------------------------- アンコール遺跡群への旅の記録 アンコールワット - その1:シンガポール、クアラルンプール アンコールワット - その2:シェムリアップからアンコールトム、バイヨンへ アンコールワット - その3:アンコールトム、バイヨン、バプーオン アンコールワット - その4:アンコールワット アンコールワット - その5:シェムリアップ アンコールワット - その6:タ・プロームなど ...