朝からしとしとと雨が降っていた。
以前は、シンガポールからマレー鉄道の始発に乗り込むにはタンジョンパガー駅という駅に向かえば良かったようだが、国内にある鉄道用地がマレーシアからシンガポールに返還された事を機にこの駅は廃止され、現在は両国の国境付近にあるウッドランド駅という駅が始発駅となっている。
この移転は比較的最近(2011年)に行われた事から、ネットに転がってる情報の中には「シンガポールからマレー鉄道に乗るにはタンジョンパガー駅へ!」的なものも多いため、誤解なきよう注意されたし。
で、ウッドランド駅である。かわいく小奇麗な印象だ。掲示板で自らの乗る列車の時刻を確認した僕は、予めマレー鉄道公社のサイトで予約したEチケットをカウンターで差し出してチケットを発券してもらった。
列車に乗り込む前にシンガポールの出国審査とマレーシアの入国審査を受ける。それぞれごく簡単なものだったと記憶している。
ぴかぴかと銀色に輝く車体に乗り込み、どかっと荷物を下ろす。なかなか乗り心地の良さそうな椅子にホッと安心し車窓から駅のホームを眺めていると、ゆっくり列車は出発した。
しばらくすると車掌がチケットをチェックしに回ってくる。陸路での国境越えは思ったより味気ないなと思っていたところ、隣に座るマレー人の男が後方に座る妻と席を交換してくれないかと打診してきたので快諾した。
金子光晴のマレー蘭印紀行を読んでいたからかもしれない。車窓から見える景色は空を切り裂かんばかりに激しく茂ったニッパ椰子の林ばかりを想像していたのだが、そんな事はなく、アスファルトで整えられた道路と、特段面白くもない田舎の風景が広がっていた。確かに植生は日本と異なっていたのだけれど。
時折、列車は小さな駅に停車し、その度にムスリムと思しき服装をした乗客が降車していく。何度かその様子を眺めて、ああ僕はマレーシアに来たのかと改めて気づいたのだった。
6時間ほど列車に揺られたのだろうか。
ほぼ定刻通りクアラルンプールのKLセントラル駅に到着した僕は、KTMと呼ばれる路線に乗り換えを図った。行き先はチャイナタウンにほど近いパサール・スニ駅。チャイナタウンには前日深夜にクアラルンプールに到着した先輩が投宿していた。
パサール・スニ駅前に先輩はふらりと現れた。前日深夜に到着して泊まった部屋はドミトリーだったという。彼の顔には心なしか疲れが見て取れた。
僕らはひとまず飯を食うことにした。既に時刻は昼下がりだったがこの日は何も食べていない。
先輩の投宿先付近の路地裏にある安食堂に吸い込まれ、適当にご飯物を注文した。せっかく無事に落ち合えたというのに、店にビールが置いていないのはいただけない。
この日の夜にはクアラルンプールから再度マレー鉄道に乗り込む予定となっていた僕らは、数時間ほど時間を持て余した。でかいバックパックは宿に放り投げ、カメラを抱えて外に繰り出した。
アルファベットで構成されるマレー語の表記は素直に発音してみるとどこか滑稽なものが多く、それが僕には新鮮だった。
クアラルンプールという街はバンコクに負けず劣らず都会的で治安もよく美しいが、これと言った見どころがない。限られた時間の中で見に行くことができ、比較的面白そうなのはペトロナスツインタワーという名の巨大なタワーくらいだった。
ペトロナスというマレーシアの石油会社が建てたこのビルは2003年までは世界一高いビルだったようだ。バカ高いだけでなく、メタリックに鈍く光るそのルックスは男らしく好感が持てる。
ひとしきりビルの前で他の観光客と同様びゃーびゃー騒ぎ、地上階に入るテナントを冷やかした頃には夕方になっていた。クアラルンプールを出発する時刻から逆算すると、そろそろ酒を飲み始めなければならない。僕らはいそいそとたらふくビールの飲めそうなブキッビンタンへと向かったのだった。
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マレー鉄道旅行記
マレー半島を北上せよ − その1:旅の準備など
マレー半島を北上せよ − その2:シンガポール
マレー半島を北上せよ − その3:クアラルンプール
マレー半島を北上せよ − その4:クアラルンプールからパダンプサールへ
マレー半島を北上せよ − その5:ハートヤイ(ハチャイ)
マレー半島を北上せよ − その6:スラタニ
マレー半島を北上せよ − その7:パンガン
マレー半島を北上せよ − その8:バンコク1
マレー半島を北上せよ − その9:バンコク2