ヤンゴンのダウンタウンの中心には、スーレー・パゴダという仏塔がデーンと鎮座している。普段は市民の静かな祈りの場だが、あるときは反政府デモの拠点ともなったこの仏塔で、3時間ほど遅れてミャンマー入りする先輩と僕は落ち合うことになっていた。
ヤンゴン中央駅からスーレー・パゴダまで歩く途中、既に空港には到着しているはずの先輩へ何度電話をかけたがつながらなかった。彼の使う携帯キャリアが国際ローミングに対応していて、ミャンマーでも使えることはわかっている。
待ち合わせ時刻を過ぎても彼は姿を見せない。何年か前に、雨期真っ盛りのムンバイのインド門で同じように友人と待ち合わせを試みた際、すれ違いが重なりに重なって落ち合うまで3日かかった思い出がふっと頭をよぎった。(当時は旅行に携帯電話なんて野暮なものは持ち歩かなかった)
更に遅れてヤンゴン入りする事になっているもう一人の先輩に電話をかけ状況を説明すると、「まあ、なるようになるんじゃない」とふんわりした答えが返ってきた。まあ、そっか。あの人なら放っておいても大丈夫か。
あと30分待って音沙汰がなかったら街を散策しに行こう。気を取り直してパゴダの隣のインターネット屋で涼んでいると、電話の繋がらなかった先輩がヌッと姿を現した。どうやら現地キャリアの選択をしていなかったらしい。
ヤンゴンのゲストハウスは、東南アジアの他の多くの都市と違い密集していない。合流してから間もなくして、僕らはその夜の寝床を求めて汗をかきかきヤンゴンのダウンタウンを徘徊するハメになった。
結局ぐるぐると1時間弱歩きまわって落ち着いたのは、待ち合わせ場所のすぐ脇にある、小さな看板を出した清潔なゲストハウスだった。
チェックインを済ませて、あとから来るもう一人の先輩の部屋を予約し、再び街に出た。翌日のフライトのチケットを航空会社のオフィスでピックアップする必要があったのと、腹が減っていた僕らは、少しばかりの食い物と何よりビールを欲していたからだった。
すぐさまタクシーに乗り込み、オフィスで滞りなく発券を終え、ダウンタウンに舞い戻る。足取りも軽やかに、雑踏の中をすり抜ける。
しばらく歩いて見つけたのは、壁を一面を薄い緑色のペンクで塗りたくった薄暗いレストランだった。
「ドラフトビールをふたつ」
炎天下を歩きまわった僕らの喉は準備万端とばかりに渇いていた。国際的なコンテストで入賞するという評判のミャンマービールとやらがどれほどのものか、確かめてやろうじゃないか。
出てきたミャンマービールを見て目を疑った。まさかこの仏教的戒律が深く浸透した国で、ここまで酒飲みに最適化された形態の、綺麗に汗をかいたジョッキを目にするとは思っていなかったからだ。取っ手を握る右手に伝わる冷たさに、思わず生唾を飲む。
早速先輩と乾杯し、一口飲み干したビールは呆れるほど美味かった。味の濃さが目立ったが、とてもキレがよくて嫌味がない。この味は普段日本で出されても美味いと思えるだろう。こんな素敵な飲み物が約60円で飲めてしまうとは一体どういうことだ。二人で馬鹿みたいに笑った。
僕たちにとってのミャンマーが、少しずつ形を変えていく。
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ミャンマー旅行記
ミャンマー(その1) - ウォーキング・イン・ザ・リズム
ミャンマー(その2) - ずっと前
ミャンマー(その3) - ブルー・サマー
ミャンマー(その4) - あの娘が眠ってる
ミャンマー(その5) - デイドリーム
ミャンマー(その6) - スマイリング・デイズ、サマー・ホリデイ
ミャンマー(その7) - ジャスト・シング
ミャンマー(その8) - メロディ
ミャンマー(その9) - ロング・シーズン
ミャンマー(その10) - 100ミリちょっとの
ミャンマー(その11) - エヴリデイ・エヴリナイト
ミャンマー(その12) - ゆらめき・イン・ジ・エアー
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ミャンマー(その14) - それはただの気分さ
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