スキップしてメイン コンテンツに移動

ミャンマー(その4) - あの娘が眠ってる

IMGP8499

ヤンゴンのダウンタウンの中心には、スーレー・パゴダという仏塔がデーンと鎮座している。普段は市民の静かな祈りの場だが、あるときは反政府デモの拠点ともなったこの仏塔で、3時間ほど遅れてミャンマー入りする先輩と僕は落ち合うことになっていた。

IMGP8491

ヤンゴン中央駅からスーレー・パゴダまで歩く途中、既に空港には到着しているはずの先輩へ何度電話をかけたがつながらなかった。彼の使う携帯キャリアが国際ローミングに対応していて、ミャンマーでも使えることはわかっている。

待ち合わせ時刻を過ぎても彼は姿を見せない。何年か前に、雨期真っ盛りのムンバイのインド門で同じように友人と待ち合わせを試みた際、すれ違いが重なりに重なって落ち合うまで3日かかった思い出がふっと頭をよぎった。(当時は旅行に携帯電話なんて野暮なものは持ち歩かなかった)

更に遅れてヤンゴン入りする事になっているもう一人の先輩に電話をかけ状況を説明すると、「まあ、なるようになるんじゃない」とふんわりした答えが返ってきた。まあ、そっか。あの人なら放っておいても大丈夫か。

あと30分待って音沙汰がなかったら街を散策しに行こう。気を取り直してパゴダの隣のインターネット屋で涼んでいると、電話の繋がらなかった先輩がヌッと姿を現した。どうやら現地キャリアの選択をしていなかったらしい。

IMGP8492

ヤンゴンのゲストハウスは、東南アジアの他の多くの都市と違い密集していない。合流してから間もなくして、僕らはその夜の寝床を求めて汗をかきかきヤンゴンのダウンタウンを徘徊するハメになった。

IMGP8481

結局ぐるぐると1時間弱歩きまわって落ち着いたのは、待ち合わせ場所のすぐ脇にある、小さな看板を出した清潔なゲストハウスだった。

チェックインを済ませて、あとから来るもう一人の先輩の部屋を予約し、再び街に出た。翌日のフライトのチケットを航空会社のオフィスでピックアップする必要があったのと、腹が減っていた僕らは、少しばかりの食い物と何よりビールを欲していたからだった。

IMGP8484

すぐさまタクシーに乗り込み、オフィスで滞りなく発券を終え、ダウンタウンに舞い戻る。足取りも軽やかに、雑踏の中をすり抜ける。

IMGP8488

IMGP8495

IMGP8502

IMGP8503

IMGP8506

しばらく歩いて見つけたのは、壁を一面を薄い緑色のペンクで塗りたくった薄暗いレストランだった。

「ドラフトビールをふたつ」

炎天下を歩きまわった僕らの喉は準備万端とばかりに渇いていた。国際的なコンテストで入賞するという評判のミャンマービールとやらがどれほどのものか、確かめてやろうじゃないか。

IMGP8517

出てきたミャンマービールを見て目を疑った。まさかこの仏教的戒律が深く浸透した国で、ここまで酒飲みに最適化された形態の、綺麗に汗をかいたジョッキを目にするとは思っていなかったからだ。取っ手を握る右手に伝わる冷たさに、思わず生唾を飲む。

早速先輩と乾杯し、一口飲み干したビールは呆れるほど美味かった。味の濃さが目立ったが、とてもキレがよくて嫌味がない。この味は普段日本で出されても美味いと思えるだろう。こんな素敵な飲み物が約60円で飲めてしまうとは一体どういうことだ。二人で馬鹿みたいに笑った。

僕たちにとってのミャンマーが、少しずつ形を変えていく。



==================
ミャンマー旅行記


ミャンマー(その1) - ウォーキング・イン・ザ・リズム
ミャンマー(その2) - ずっと前
ミャンマー(その3) - ブルー・サマー
ミャンマー(その4) - あの娘が眠ってる
ミャンマー(その5) - デイドリーム
ミャンマー(その6) - スマイリング・デイズ、サマー・ホリデイ
ミャンマー(その7) - ジャスト・シング
ミャンマー(その8) - メロディ
ミャンマー(その9) - ロング・シーズン
ミャンマー(その10) - 100ミリちょっとの
ミャンマー(その11) - エヴリデイ・エヴリナイト
ミャンマー(その12) - ゆらめき・イン・ジ・エアー
ミャンマー(その13) - アイ・ダブ・フィシュ
ミャンマー(その14) - それはただの気分さ
ミャンマー(その15) - バックビートにのっかって

このブログの人気の投稿

やっぱり北千住で魚食うなら「廣正」(広正・ひろまさ)だよねという話

先日、またしても北千住は「廣正」(広正・ひろまさ)で飲んだのだが、相変わらずの信じられないコスパの良さにおったまげた。 JR北千住駅東口から徒歩10分、民家がひしめく薄暗い通りに突如現れる小さなお店に酒飲みの面々が到着したのは20時半。 着席しドリンクをオーダーするとまもなくお通しが現れた。この日のお通しは鶏肉の照り焼きと玉子焼き、わさび漬け的なものにぶり照り。 メニューには様々な魚料理が並んでいるが、全て時価(安い)。 この日は友人が予め予約を入れ、その際に刺盛りを2人前だけ準備しておいてもらうよう頼んでくれていたので、すぐに下駄盛りにされた各種の魚たちが登場。相変わらずとんでもない量と分厚さである。(でも安い) 期待を裏切らない迫力に各々感嘆を上げているうちにお酒が揃ったので乾杯。 赤身です。 ホタテです。 タイです。 赤貝です。 うめえうめえと大騒ぎしながら皆でぱくつきまくっていたのだが、なにせこの料である。刺し身だけで腹が膨れる。 しかし刺し身だけ食べて帰るのもあまりにも勿体ないので寄せ鍋を注文。 これまた2人前なんだけども、やはりボリュームがおかしい。 出汁を沸騰させる間、箸休めにと頼んだのが梅キュウ。 ただの梅じゃなくて梅水晶になっていて、とても幸せな気持ちになります。 やがて鍋が出来上がったのでひたすら食うた。 そしてたくさん飲みました。 当然雑炊にするよね。 おじやが出来るまで、せっかくなので後一品くらい食べてみようとしめ鯖を追加。 こちらもぼちぼち油が乗っていて美味。(しかし安い) そうこうしてる間に雑炊が完成。食い終わった頃には多幸感でとろけましたとさ。 何杯飲んだかよく覚えてないくらい酒も飲み、この料理を食って会計は驚きの3000円台。 一体どうやったらそういう会計になるのかよくわからん。 ごちそうさまでした。   大きな地図で見る

北千住の廣正にハマりそう

昔、日光街道の宿場町として栄えた北千住には、今でも下町然とした安い居酒屋が軒を列ねている。以前、北千住に詳しい友人に町を案内してもらってからというもの、この町のサグい雰囲気にすっかり魅了されてしまったのだった。 先日、その友人に連れていってもらった、魚が異常に美味くて安いお店に再訪してきた。 これで刺盛1人前なのです。 魚料理が並ぶこの店のメニューには値段の記載がなく、全て時価なんだけど、とんでもなく安いので心配無用。 いい塩梅に酔っ払うまでこの日も色々と美味しくいただきました。 北千住の駅から10分程度歩いた(けっこう遠い)民家の並ぶ路地にひっそり佇んでいて、人の案内なしで向かうと見つけるのはちょっと大変かも。 早くもまた行きたくなってきたぞ。 廣正 (地図で見ると北千住より牛田からのが近いみたい) 大きな地図で見る

ミャンマー(その12) - ゆらめき・イン・ジ・エアー

夕陽を見るのにピッタリとされているシュエサンド・パヤーの急角度な側面を、息を切らしながら登った。見渡すかぎり一面に広がる遺跡群が西日に照らされている。一千年前のバガン朝の人々も同じような景色を目にしていたのだろうか。 多くの外国人観光客がカメラを構えている。このひと時だけ、全ての人々はカメラマンになっていた。 エーヤワディー川の彼方に静かに夕陽が沈んでいく。ちょうどこの時、その川面から水蒸気がゆらゆらと立ち上り、背後に連なる山々の姿が霞んでいった。あまりにタイミングの良いこの幻想的な演出は、まるでもともと仕組まれていたものかの様だった。 夕陽がとぷんと沈むと、他の外国人たちは満足げな面持ちで次々とパゴダを降りていった。彼らは夕陽そのものと、夕陽が直接的に照らすバガンの大地にしか興味がないのだろう。 地平線の下から届く光に焼かれていく空こそが美しく、黄昏時こそがセンチメンタルな旅情を掻き立てるものであるはずだが、彼らとはその感覚を共有できないのだろうか。 これを日本人と欧米人の美的感覚の差異と片付けて良いのかどうかはわからないが、とにかく僕らを残して他の観光客は綺麗にいなくなってしまった。 ぽつんと巨大なパゴダに取り残された僕らは、死にゆく病人の最期を看取るかのように静かに空を見守っていた。 辺りはしんと静まりかえり、鳥の鳴き声さえ聞こえなかった。 やがて、いくつかのパゴダがライトで照らされ始める。(夜にこのオールドバガンをうろつく観光客などいないように思われるが) 静寂の中のトワイライトを堪能した僕らは、闇に沈んだパゴダをそろそろと降りた。 下ではドライバーが相変わらずにこやかに僕らを待ってくれていた。他の観光客が早々に帰路に着く中、だらだらと居座り続けた僕らを待つ間はさぞ退屈であったろう。 「待たせてしまって申し訳ない」という謝罪を「ノーノー!」と遮るように返す彼は、最後までホスピタリティ溢れる奴だった。 彼の運転するハイエースでニャウンウーに帰る道すがら、僕は心地よい疲れを感じていた。 ================== ミャンマー旅行記 ミャンマー(その1) - ウォーキング・イン・ザ・リズム ミャンマー(その2) - ずっ...