ミャンマーの朝はモヒンガーから始まる。モヒンガーを食わずしてミャンマーを語る事なかれ。みたいな言説をあちこちで見かけていたので、何としてでも食わねばなるまいと思っていた。
ナマズ、もしくは川魚から出汁を取ったスープに米粉でできた細く柔らかい麺が沈んでいるのが基本的な形状であり、その他の具材は各モヒンガー屋がそれぞれ創意工夫を凝らして好き勝手突っ込んでいるようで、味は店ごとにだいぶバラつきがあるらしい。
その日、朝っぱらからゲストハウスを探してニャウンウーをウロウロしていた僕らは、街角のレストランでモヒンガーをぱくつくミャンマー人を目にし、するりとその店に吸い込まれた。
僕らがついたテーブルには予め中国茶とカップが置いてあった。朝の陽光がカップについた土埃を露わにする。
モエ・モエ・ウィン。なんともふざけた響きだが、このレストランの名前である。
メニューと睨めっこしたのも束の間、3人ともやはりここはモヒンガーを注文した。
出てきたモヒンガーは肥沃な泥を抱えてたゆたうエーヤワディー川さながら濁っていて、なかなかのインパクトを感じたが、レンゲで掬ってみたスープはその見た目とは裏腹にさらさらとしたものだった。口に含んでみると、魚臭さはあるもののさっぱりとしている。味は魚由来の出汁が主体の素朴なもので、一緒に煮込まれたであろう何種類かのよくわからない植物がささやかに彩りを加えていると言った感じだろうか。レンゲ一杯分のスープが二日酔いの疲れた胃にじんわりと染みこんでいく様を感じ、思わずほっとした気分になった。箸で啜るよりもレンゲで切って掬ったほうが食べやすい麺はおかゆを連想させるような柔らかさで、これまた優しい。驚くほど美味いものでもないが、これはこれで悪くない。
トッピングとして出されたライムを絞りに絞ってありったけのパクチーを突っ込むと、魚臭さが消えて自分好みの味が完成し、あっという間にぺろりと平らげてしまった。
外を見やると旅行客を載せた馬車がトロトロと走っている。この土埃の舞う灼熱のバガンをあんな乗り物にガタゴト揺られてちんたらまわっていたらさぞ辛いだろう。
朝食を済ませた一行は、件のレストランの近所にある小さなゲストハウスに3人部屋が空いているのを見つけて転がり込んだ。その後、バガン遺跡群をどう巡るかしばし議論したが、朝方のドライバーにその日のアテンドを一任してみることにした。
もらった名刺に書いてあった電話番号に先輩が電話をかけると、彼はすぐに現れた。料金交渉の際に彼が提示した言い値は相場より大分安いものだったので、僕らはふたつ返事で彼の所有する古いハイエースに乗り込んだ。
彼が最初に連れていってくれたのは、青空によく映える、金光燦然としたパゴダだった。
ストゥーパの先端の周囲をおびだしい数の鳩が旋回している。
綺麗に磨かれた床石の上には地元の人々が集い、その様はこのパゴダがまだまだ現役である事を知らしめた。
僕の仏教建築についての知識の乏しさはひとつの混乱を引き起こし、僕はこのパゴダを見た瞬間、思わずバンコクのワット・ポーを連想した。しまいには何故か三島由紀夫の豊穣の海の第三巻にあたる「暁の寺」の中で、主人公が目にする夕陽に染められたワット・アルンの描写を思い出しさえしていたのである。
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ミャンマー旅行記
ミャンマー(その1) - ウォーキング・イン・ザ・リズム
ミャンマー(その2) - ずっと前
ミャンマー(その3) - ブルー・サマー
ミャンマー(その4) - あの娘が眠ってる
ミャンマー(その5) - デイドリーム
ミャンマー(その6) - スマイリング・デイズ、サマー・ホリデイ
ミャンマー(その7) - ジャスト・シング
ミャンマー(その8) - メロディ
ミャンマー(その9) - ロング・シーズン
ミャンマー(その10) - 100ミリちょっとの
ミャンマー(その11) - エヴリデイ・エヴリナイト
ミャンマー(その12) - ゆらめき・イン・ジ・エアー
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